7月のとある一週間の出来事
<プロローグ>
僕は借金だらけだ。無論、世の中には僕なんかよりも悲惨な状況に直面している人間がたくさんいることは知っている。
しかし、この歳にして600万円近い金額を背負っているのだ。
さすがに苦しい。
そんな苦しさを隠すために僕は馬鹿ばかりしている。毎日のように借金とりが自宅にやってくる。
その度に袋叩きにされるのだ。このままではいけない!
僕はそう思い、合気道を学び始めた。
こうして大好きだったはずのバドをする時間はやがてゼロに等しくなっていった。
<第11回:下町のヒーロー>
「この物語はある学園の荒廃に戦いを挑んだひとりの生徒の記録である。
バドミントン界において全く無名の弱体チームがこの生徒を迎えた日から
わずか数年にして全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて
その原動力となった愛と信頼を余すところなく活字化したものである 」
川浜高校は梅雨も明けていない蒸し暑い中、バドの日本一を決定する全国大会が間近に迫ってきた。
県予選に備え、部員たちは練習を繰り返す。しかしその動きは、かんばしくなかった。
恐らくアイツが抜けたショックが尾を引いているのだろう。川浜高校はいま泥沼のようなスランプにあえいでいた。
練習を見ていたテツはつぶやいた。
「あぁこの分じゃ敗けか・・。技術的には言うこと無しなんだが」
サンマーク:「みんなバドをエンジョイしてませんね。勝とう勝とうという気持ちばっかりで、
動きが堅いんです。もっとリラックスしないと」
ではどうすればバドの楽しさを教えられるのか。簡単なようで最も難しい問いであった。
テツは打つべき手が何一つ見つからなく苦労にさいなまれていた。
そのとき、隣の練習場で満面の笑みで合気道に没頭している僕がいた。
サンマーク:「あんなに好きだったはずのバドをやめて平気でいれるわけないのに・・・、きっと明るい家の子ですね」
テツ:「いや、アイツはお父さんが碌に働かないでブラブラしてるもので、
昼も夜もバイトしてるんですよ。この中では一番貧しい家の子なんです」
ある日、校門付近で清掃をしている僕を訪ねて、板倉組の暴力団員の男達がやってきた。
暴力団員A:「こらっ!期限は昨日だぞ。金払わんかい!」
僕:「そのお話でしたら、家に来て下さい」
暴力団員A:「何だとこの野郎!」 と胸ぐらを掴んだ。
さぁ、まさに合気道の出番です。と、その時。
テツ:「待って下さい」
暴力団員A:「何だ!」
テツ:「教師の滝沢です。金がどうのというのは、いったい何のことですか?」
暴力団員A:「こいつの親爺に金貸してんだけどよ、
酔い潰れやがってラチが明かねぇから、セガレの方に来てるんだ!」
そう言って男はいきなりテツを殴り飛ばした。テツは起きあがり握り拳に力を込め、怒りをこらえた。
暴力団員B:「何だいそりゃ。監督が殴り合ったんじゃ川浜は試合に出られ無くなるんじゃねぇの」
暴力団員A:「わかってんのかよ!おら!」
男はテツを膝蹴りし好き勝手に殴りだした。中村校長がすっ飛んできた。
中村校長:「こら!こら!馬鹿者!お前たちはこれが(部外者は校内に立入り禁ずの立て看板)
見えんのか!警察だ、警察!」
暴力団員B:「待て。帰りゃいいんだろ」
暴力団員A:「おお、何が何でも今月中に200万払って貰うぞ」
男達は退散していった。
テツ:「校長どうもありがとうございました」
テツは僕を職員室へ呼びだし事情を聞いた。
テツ:「じゃ、親爺さんがバクチで負けた金なのか」
僕:「ええ。それも暴力団が親爺を無理矢理引きずり込んで、いかさまで引っかけて。
そんなもん払う必要がないと思うから、追い返しても払え払えって家に来るんです」
サンマーク:「あなたそんな状態でよく明るくしてられるわね。しかし相手は暴力団ですよ。
我々が金を出し合ってでも、何とか解決した方がいいんじゃないですかね」
中村校長:「いやしかしね、奴らはもう図に乗ってもっと寄越せって言うだけですよ」
テツ:「よし。俺が掛け合う」
僕:「いえ結構です。近所の人の目もあるからあいつはそう無茶も出来ませんし、たまにしか来やしませんから」
テツ:「本当に大丈夫なのか?」
僕:「ええ、俺はどんなことがあっても落ち込んだりしませんから、心配しないで下さい」
テツ:「よし、わかった。何か困ったことがあったら、必ず俺に相談するんだぞ!」
僕:「はい!」
偶然出前で廊下を通りかかった児三郎は一部始終を聞いていた。
つい先日、大喧嘩したばかりの仲だが、どうしても黙って見過ごせなかった。
児三郎は僕を新楽に呼び
「少ねぇけど持って帰れよ。」
僕:「ちっ!誰がてめぇの世話になるかよ!馬鹿やろう!」
児三郎:「おめえのためじゃねぇ、ちっこい妹や弟によ。ほら。」
と餃子を手渡した。
そこへテツが店に入ってきてそれを見た。
児三郎:「いや・・・、俺もこいつと同じように貧乏な家に生まれたもんだから。つい」
と照れを隠しながら言った。さらにバドの部員らが入ってきて
児三郎:「よう、お前ら練習ボロボロなんだって」
光男:「はぁぁ、どうもスランプで」
児三郎:「スランプ?ほほ〜、結構じゃんか」
光男:「スランプがなんで結構なんです?」
児三郎:「ほれ野球の長島や王やランスが、スランプだって言われたことがあっただろう。
あらぁなぁ大打者ならばこそだ。一度もいいことがなかった選手がお前、
スランプだなんて言われたことあるか?」
光男:「そりゃそうですね」
児三郎:「つまりな、お前たちはな、スランプだって言われるほど一応ましなレベルになったってことよ。
そんな苦虫噛みつぶしたような顔してねぇでな、イカの足でも噛んでみなってんだ」
と鍋で揚げたゲソ天を見せた。
光男:「ウヒョー天ぷら」
児三郎:「いまドンドン食わしてやっからよ」
バシ:「マスターまた奥さんに叱られますよ」
児三郎:「いいのいいの。あのドケチの目をかすめておごるのが、スリルがあって、俺のたった一つの趣味なのよ」
大皿にゲソ天をてんこ盛りにした。児三郎が摘もうとしたところへ千アキ子は児三郎の手を叩き、
千アキ子:「その現場を押さえんのがウチの楽しみや。晩ご飯のおかず勝手になんやねん」
児三郎:「なんだお前、一人で全部食べるつもりか」
千アキ子:「そうや。ウチは天ぷらには目がないねん。ほっほう」
・・・それから数日がたち、バド部員のオアシス「新楽」に異変が起こった。
千アキ子:「あんた、この頃休みのたんびに偉いめかし込んでどこ行くんや?」
児三郎:「イヤ、イヤイヤ、まぁいいじゃないか」
千アキ子:「ほんだぁ、何で行き先言われへんの」
児三郎:「わりいけどよ、ちょっと時間がないからな」
早々に店を出ていった。
千アキ子:「アホんだら!二度と帰んな!死んでまえ!」
そこへ光男と圭子、それにテツとバド部員が新楽にやって来た。
光男:「姉ちゃん」
テツ:「どうかしたんですか?」
千アキ子:「先生ウチの人、女が出来ましてん」
圭子:「そんな!、マスターに限って」
千アキ子:「男が急に身綺麗にしだしたら、女以外に考えられへん。
光男、事と次第によっちゃ姉ちゃん離婚するでぇ」
光男:「姉ちゃん」
ん?合気道帰りの僕まで新楽に来ているではないか!
僕:「ちっ、あいつのことだから浮気は間違いねぇよ。あいつは簡単に奥さんを裏切るような奴だよ。」
テツ:「ばかやろう!」
一発平手打ちを食らわそうとしたが、僕の合気道テクニックはずば抜けていた。軽くかわされる。
※ テツは児三郎の人間を信じた。だが一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
数日後、バシが久々にテツの家を訪ねてきた。テツはバシが渡した内定通知書見て・・・、
テツ:「おおぉ、いよいよ就職だな。よかったなバシ」
バシ:「いい会社に就職を世話してくれた、先生や奥さんのお陰です」
テツ:「何言ってんだ。お前のこの半年間の頑張りが評価されたんだ。おい座れよ」
マユ(奥さん):「あなた」
テツ:「おっ」
マユ:「バシ君はお母さんが体も弱いことだし、勤め先も沖縄から名古屋に換えて貰えたんですって」
テツ:「そうか。じゃ言うこと無しだ」
バシ:「でもナイっす。俺不満がねぇことも・・・」
ナナミ:「わかった!、お兄ちゃんお勤めに出たら悪さが働けないもんね」
マユ:「ナナミ!」
バシ:「まいったなぁ。いや仕事仕事で全然バドできないのがつまんなくてね」
この時チャイムが鳴った。
マユ:「はい」 と玄関の扉を開けた。
上田玄治(以下玄冶):「いやどうもどうもちょっと失礼しますよ」
と勝手に上がり込んできた。
玄治:「いやどうも先生。ようしばらくしばらく。イヤー先生大変だー。あのマスターの例の噂ね、あれ本当ですよ」
テツ:「えー?」
玄治:「ワシはたった今、この目で見ましたよ」
テツ:「えっ?昼まっからキャバレーへ」
玄治:「ええ。開店前にねホステスと逢い引きするつもりらしいよ」
マユ:「まさか?何か訳があるんじゃないかしら」
玄治:「あっイヤイヤー、男というのはあの年頃が一番危ないんですよ。ワシにも覚えがありますがね」
マユ:「えっ?」
玄治:「あっイヤイヤ。第一ね、千アキ子さんが気の毒だ。放っておけません」
バシ:「だったら親爺さんが何とかしたらどうなんだよ」
玄治:「いやそれは何とかしたいよ。しかしねあいつはねワシの言うことには何かと逆らいやがるんだよ。
ええ、ここは一つね、説教のプロである先生にね、一発ガツーーーーンと喰らわせて頂かないことにはね」
テツ:「いやー、しかし問題は夫婦のことでしょう。私が出る幕では・・・」
玄治:「いいですか先生。新楽はバド部のオアシスですよ。それをねぇマスターがだよ、
自分でそのオアシスに泥をぶち込んだ。そんなことになったらあんたどうですか店のムードはギスギスして、
チームには悪い影響を与えますよ。後援会長としてよろしくお願い致します。先生」
テツはバシと共に玄治の言っていたキャバレーへ足を運んだ。店先でバシは・・・、
バシ:「先生よ。もし本当だとしたら俺は例えマスターでもぶん殴るぜ」
テツ:「事実を確かめてからだ」
二人は入口に向かうため階段を下った。
テツ:「ごめんください」 とノックをした。
バシはかまわず中に入り込んでいった。テツも後に続く。
テツ:「どうした?」
バシ:「女なんかいやしねぇよ。男ばっかりだよ」
バシの言うとおり10人以上の男がシートに腰を下ろしていた。児三郎は立ち上がり
児三郎:「そいじゃ、みなさん乾杯」 と音頭をとった。
児三郎はグラスのビールを飲み干すとテツと目が合った。
児三郎:「いやー先生。どうぞどうぞ。遠慮しないで」 と歩み寄ってきた。
テツ:「マスター、この集まりは何ですか?」
児三郎:「実はね。この街のバドクラブを作りましてね、今日はその発会式なんですよ。」
とテツとバシの後ろに廻り、二人の背中を押しながら席まで案内した。続けて、
児三郎:「この人がこの店のマネージャーなもんで開店前に場所を借りたんですよ。
あっクラブの名前はね"川浜浜っ子クラブ"って言うんです」
テツ:「浜っ子クラブですか」
児三郎:「ええ。ねぇ先生、いま川浜高校のバド部はスランプでしょう」
テツ:「はぁ」
児三郎:「なのに俺がやることったら、たまに店の料理をあいつらにご馳走してやるぐらいのことで、
これじゃダメだ。いざっという時にいい相談相手になるためには、
自分たちがもっと沢山の人とやらなきゃ話しにならねぇ。そう思ったんすよ」
クラブ員から 「そうだ」 と相づちが入る。
バシ:「だけどマスター、何だよそのなりは」
児三郎:「お前よ、バドはイギリスが産んだ紳士のスポーツじゃんか。
なっ、だからね、まず身だしなみから入んなくちゃ」
テツ:「マスター、バドを今まで以上にやるならやるでなぜ奥さんに言わないんですか」
児三郎:「そりゃいずれ話しますよ。でも今急に言ったってあいつのことだから
"ラーメン屋が何がバドや。アホかボケ"ってこれでしょうが。
それよりね、声かけたら、居るわ居るわ、もうバドをやりたい連中が。
この人は奥村さん(以下OK)。本職はね・・・」
OK:「牧場を経営しています。」 次々に自己紹介が始まった。
タクシードライバー、印刷工、左官、ペンキ屋、美容師、それは年令も職業も様々な人々であった。
巷にこんなにもバドを愛する人がいたのか。テツは胸が熱くなった。
・・・:「上田工務店の上田勝です。」
テツ:「上田」
バシ:「なんだ上田もマスターに誘われて」
勝:「ああ。あっ先生、紹介したい奴がもう一人いるんですよ。おいほら」
その男は立ち上がりペコリと頭を下げた。
テツ:「宮下・・・、宮下じゃないか」
宮下:「どうもしばらくです」
テツ:「おお」
※ 宮下亮。それはかつてテツを最も手こずらした川浜高校の番長であった。
宮下:「俺もマスターに誘われて、それでいつか先生言われたことを思い出しましてね」
※ 〜回想〜 テツ:「宮下、今からだって遅くないぞ。お前さえその気になれば、
バドだって何だってやれるチャンスはいっくらでもあるんだ。なぁ宮下・・・。」
テツ:「それでお前、いま何やってるんだ」
宮下:「トラック野郎やってます。先生、俺たち浜っ子クラブのコーチやってくんねぇかな」
OK:「おお、そりゃいい」
児三郎:「無理言うんじゃねぇよ。先生は学校の部だけで手一杯なんだから」
OK:「だけどよ、本気でバドやるにはよ、やっぱりコーチがいるぜ」
「そうだ。そうだよ。お願いしますよ」 と皆から依頼されるテツであった。
一同の熱意に打たれ、テツは浜っ子クラブのコーチをサンマーク・ジョンソンに頼んでみた。
サンマーク:「喜んでOKします。私の力で日本のスポーツが少しでも、まともになれば嬉しいです」
テツ:「じゃあ、サンマークは日本のスポーツがまともじゃないって言うのかい?」
サンマーク:「スポーツが盛んな国に見えます。スポーツ新聞もたくさん売れてるし。
でもどうして日本の選手は学生と実業団と自衛隊の人たちばっかりなんでしょう?」
テツ:「そうだね。そう言えばオリンピックでも外国の選手には、
大工さんがいたり消防士がいたりするもんね」
サンマーク:「そうです。普通の街の人々がエンジョイする。それが本当のスポーツです」
浜っ子クラブの練習が河原で始まった。テツと川浜バド部員はランニング中に彼らの練習を目撃した。
テツは橋の上から河原にいるサンマークを呼んだ。
テツ:「サンマーク〜!」
サンマーク:「Oh〜、テツ」 バシも参加していた。
バシ:「よう、先生」
テツ:「おいバシ、お前もやってたのか」
バシ:「今日休みだし、体がウズウズするもんで千葉から飛んできて飛び入りしたんすよ。
いいなぁ。やっぱバドいいっすね。だけど変なんだよな」
テツ:「何が?」
バシ:「学校でやってた時よりなんか楽しんだ。じゃ」
児三郎:「よし、ドロップやろうぜ」
光男:「先生、行きましょうよ」
テツ:「いやちょっと見て行こう」
光男:「見たってしょうがないですよ。素人の人たちの練習」
児三郎がドロップが上手く出来ずにぼやいた
「あーもう、上手くいかねぇなぁ。ほんとに」
浜っ子クラブメンバーの一人が
「何とかもう少し上手くなりませんかね」 とサンマークに尋ねた。
サンマーク:「さぁ?確実にミスしない方法が、一つだけあります」
児三郎:「何だよそれ、教えて欲しいね」
サンマーク:「何もしないことです」
「何もしない?」と浜っ子クラブメンバーの一人が聞き返す。
サンマーク:「でもそれは死んでるのと同じことです。生きてて何かすれば神様でない限り、
ミスをするのは当たり前です。人間には失敗する権利があります。
さぁドンドンミスをして、伸び伸びとプレーをしましょう」
児三郎:「それを聞いたら気が楽になったぜおい。その調子でやろうぜ」
テツ:「あの人たちは、心からバドを楽しんでる。しかも熱心なのは俺たち以上だ。
なぜだと思う・・・。お前は明るく合気道を楽しんでる。お前ならわかるだろう」
僕:「なぜって俺、毎日バイトに追いまくられているし、合気道やってるときだけが楽しいから」
練習していた宮下は 「それじゃお先」 と練習を抜けた。メンバーから「おつかれ」と声が出る。
宮下は河原から橋の上にいるテツに向かって「先生、俺これから盛岡までひとっ走りしなきゃなんねぇから、行くぜ」
テツ:「おお、気を付けてな」
宮下:「大丈夫、大丈夫。じゃ」 とトラックに乗って走り去った。
その時、テツは目から鱗が落ちた思いであった。
テツ:「彼らは仕事に追いまくられてて、碌に練習する暇もない。それはアイツも似たようなもんだ。
それだけに楽しんでる。俺たちはなまじ毎日練習できるばかりに、
練習がいつの間にか義務になってしまってる。それがスランプの原因だと思う。」
浜っ子クラブの練習が終了した。
サンマーク:「華の中年バド部は優勝間違いないね」 クラブ員は大いに笑った。
テツ:「俺は今までお前たちを、気合いが入っていないとしごいてきた。
しかし、明日からは少々のミスは目を瞑る。
いいか初めてラケットを握った感激を思い出して、明日から思いっ切り楽しめ。それでいい」
部員一同:「はい。やったー」 と喜んだ。
〜 僕は合気道の練習を追えて家に着いた。 〜
僕:「ただいま。しょうがねぇなぁ、そんなとこで寝てっと父ちゃん風邪引くぞ」
酔い潰れた父親の世話をやくのであった。
暴力団員B:「おい、200万はどうなったー」 例の暴力団員の3人がすでに上がり込んでいた。
僕:「無いですよそんな金」
暴力団員A:「なんだとこの野郎。花園に行けねぇように腕へし折ってやろうかコラ。おらー」
と僕の右腕を羽交い締めにした。
暴力団員B:「金が無きゃな滝沢とかって先公に頼んででも作れ。
それにしても散らかってるな。少し整理してやれ」
・・・タンスなどを倒し、3人は部屋中をメチャクチャにして帰っていった・・・。
翌日の練習試合、バドの楽しむ味を知った部員たちのプレーは目覚ましかった。
彼らは見事にスランプを脱したのである。
だがその試合も敗北であった。テツはその原因はアイツがチームにいないことにある気がしてならなかった。
その時、いつも笑顔いっぱいで合気道しているアイツの様子がおかしい。全く笑顔がないのだ。
僕:「訳って・・・、別にありません」
テツ:「これでも何でもないって言うのか」 そう言って僕の頭部の傷を指摘した。
テツ:「板倉組にやられたんだな」
僕:「先生、俺、今まで明るく振る舞おうとしてきたけど、もうダメです。
こないだあいつらたまにしか来ないって言ったけど、ほんとは毎日来るんです。
あいつらが押し掛けて来るばかりに、弟や妹も死ぬほど辛い思いをしてます。
俺、学校辞めて、どこか別の土地へ引っ越そうと思うんです。」
テツ:「お前本当に今のままでいいのか?バド辞めたままでいいのか?花園どうするんだ。
去年大敗したとき、お前も今年こそ全国優勝するぞと誓ったじゃないか。
そのためにどんな苦しさにも耐えてきた。お前その夢を捨てるのか」
僕の目には涙が溢れ出した。少年の夢を叩きつぶそうとする暴力に、テツは怒りを抑えることが出来なかった。
テツ:「諦めんな。俺はどんなことがあってもお前を花園に連れて行くぞ」
僕:「やめて下さい。花園には、他のみんなと行って下さい。俺のことに関わったら先生はバドどころじゃなくなります。
そのためにもし花園に行けなかったら、俺暴力団に殴られるより辛いです。先生」
じっとじっと震える拳を静めながらテツは考えた。
テツ:「…よしわかった。俺は敢えて何もしない。」
僕:「お願いします」 こうして部室での話しは終わった。
光男が圭子を連れて自宅に帰ってきた。丁度、児三郎は、よそよそしく出かけようとするところだった。
千アキ子:「また出かけるんかな」
圭子:「あらマスターは女の人のところへ行くんじゃないんです。」
光男:「バドミントンだよ。浜っ子クラブの練習。」
千アキ子:「そらぁもうわかっとる。せやから腹立つんやん。この人にな、女が出来たところで、
ウチは絶対取り返してみせる自信あんで。バドミントンじゃ相手が悪いわ。
あれん取り付かれたらもうお終わりぃやん」
児三郎:「お前な、バドにやいてんのか」
千アキ子:「あんたのためを思って言うてんの。毎日クタクタなるまで働いて、
その上たまの休みもバドでクタクタになってみぃ、体持たんで。
こないだかてあっち痛いこっち痛い言うて・・・」
児三郎:「痛いけど気持ちがいいの」
千アキ子:「それがわからへんねん」
児三郎:「だからお前はロマンがわかねぇガラッパチだっていうの!」
千アキ子:「あああああ、どうせウチはなぁガラッパチや」
と手当たり次第に割り箸を児三郎に投げつけた。光男も圭子も児三郎と一緒に逃げまどう。
千アキ子:「人の気も知らんと。行きたかったらよ、はよ引き下がって。
あほんだら、どあほ。死んでまえ!」
児三郎は逃げるようにして店を出て 「女房間違えたかな」 とつぶやき走って行った。
その後、すぐに僕と出会った。
児三郎:「おお・・」
僕:「おっおお・・。テツ先生学校にいないんだけど、見なかったか?」
児三郎:「先生?いや」
僕:「大変だぁ。じゃあ、やっぱり先生板倉組へ行ったんだ」
児三郎:「じゃあ?、例のバクチの金の一件でか」
僕:「あいつら先生に何をするか・・・」
これ以上アイツを暴力にさらしてはならない。テツはそのためには命をかける覚悟であった。
児三郎はすぐさまテツをバイクで追いかけた。自転車で走っているテツを見つけると前に割り込んで止めた。
テツ:「マスター」
児三郎:「アイツから聞きました。板倉組へ行って何言うつもりですか?」
テツ:「アイツのところへ二度と来るな。その一言です」
児三郎:「そんなことを話してね、わかってくれる相手じゃないですよ」
児三郎はバイクのスタンドを降ろして下車した。
テツ:「だけどやるだけのことはやらないと。じゃあ」
まだ行こうとするテツの自転車を両手で止めた。
児三郎:「いけませんたら。先生は元々血の気が多いほうなんだから。行きゃ大喧嘩になるに決まってます」
テツ:「監督が不祥事を起こせば、チームが出場停止になることぐらい私にもよくわかってます。
だからどんなことがあっても耐えます。」
児三郎:「それじゃ子供たちどうなんですか。花園の予選は目の前なんです。
いま先生がケガをしたり、万一のことがあったら監督無しで戦かわなきゃなんないんですよ。
先生一人の体じゃねぇんだから!」
テツ:「行かして下さい!」
自転車をこぎ出そうとするテツ。
児三郎:「わかんねぇ人だな」
と、みぞおちに一発パンチを喰らわせた。不意をつかれたテツはその場に伸びてしまった。
児三郎:「すいません。この始末俺が着けますから」 とバイクに乗って走り去った。
児三郎は板倉組の3人と歩いていた。工事現場に差し掛かると、現場にいた上田玄治に呼び止められた。
玄治:「よう!どこ行くんでぇ」
児三郎:「いやーちょっと、この人たちと話しがあってね」
玄治:「おお、浜っ子クラブのミーティングか」
児三郎:「まぁね」
玄治:「柄の悪い奴らだなぁ。あんな連中とよ。おお、こんなむごたらしくお腹の出てきたおめえとで、
バドチームを作るには碌なのが出来やしねぇや」
児三郎:「むごい?随分絡むね今日は」
玄治:「しかし、おめえも冷てえなーどうしてよ、バドチームを作るなら作るで、
このバドミントン狂のワシを誘わねぇんだよ」
児三郎:「議員さんは高血圧だろう。ぶっ倒られたらかなわねぇの。
バドなんか止めて、ゲートボールでもやってる方が身のためだよ。じゃな」
玄治:「言いてえこと言いやがって、おい!今夜いつもの店に飲みに来いや。とっちめてやるからよ」
児三郎:「返り討ちにしてやっからな、そのつもりでいろよ!」
児三郎はまるで散歩にでも出るように、歩み去っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして翌朝。事件を知った児三郎の知人が川浜市立総合病院へ駆けつけた。
千アキ子:「あんた・・こないなことになるなんて・・。おたんこなす、死んでまえ、どあほなんて、
二度と言えへん。そやからきばってよーうなってや」
児三郎は目を開けうなずいた。
千アキ子:「あんた聞いてたん」
病室にテツ、光男と圭子、バシ、アイツ、宮下、サンマーク、OKらが見舞いに来た。
テツ:「マスター」
児三郎:「先生、川浜は今年、全国優勝しますよ」
テツ:「えっ?」
児三郎:「いま夢見たんですよ。花園へ応援に行ったら、川浜の選手が一人残らず勝利を挙げる大活躍でしてね。
先生、正夢にして下さいね」
そこへ刑事と犯人の一人が入ってきた。
刑事A:「自首してきましたので。それから兄貴分二人も逮捕しました」
刑事B:「どうしてもお詫びしたいと言うので連れてきたんです」
暴力団員C:「俺、俺夕べ・・・」
(事件現場のシーンへ)
児三郎:「じゃどうあっても、アイツんとこかは手を引いちゃ貰えねぇんですか」
暴力団員A:「ガタガタしつこいんだよこの野郎」
男たちはナイフを抜き出し児三郎に襲いかかった。それを交わす児三郎。
児三郎:「何しやがんでぇ」
次々と襲いかかる男たち。だが果敢に立ち向かう児三郎に暴力団員AとBは殴られて力が絶えてきた。
暴力団員Cだけがナイフを持ったままブルブルと震えていた。
暴力団員Bにそそのかされた暴力団員Cは児三郎目掛けて突進していった。
児三郎が暴力団員Aを殴り倒す直前だったために、暴力団員Cの突進を交わすことが出来きなかったのだ。
これを聞いた一同は、怒りと憎しみを殺して暴力団員Cを睨み付けた。
暴力団員C:「俺、後で兄貴に死ぬほど殴られるのが怖くて・・・。すいませんでした!すいませんでした!」
暴力団員Cは土下座をして謝った。
だがバシは怒りに絶えられず爆発し
「すいませんで、済むかよ!!この野郎!」
と暴力団員Cの服を掴んだ。とめに入るテツや刑事。
バシ:「離せよ!こいつはよ一発殴らねぇと気が済まねぇよ」
僕が隙を見て男を殴った。
光男:「止めろ」 と僕を制止する。
僕:「畜生、畜生、児三郎を、児三郎を元の体にしろ!」
病室は混乱状態に陥った。
だが児三郎の 「こらっ、止せや」 の一言に静まりを取り戻した。
児三郎:「おめぇもヤクザの三下なんかやってるとこみると、碌な育ちじゃねぇんだろう」
暴力団員C:「え?、・・はい・・」
児三郎:「刑事さん、こいつの処分、なるべく軽く済むようにしてやって下さい」
暴力団員Cは居たたまれなくなり泣き崩れた。
児三郎:「お前、刑が終わったらまともに働けよ。ん?」
暴力団員C:「はい・・」
男は連行されていった。自分の体より相手の気持ちを思いやる児三郎であった。
千アキ子:「あんた、きばってよーうなってや。ほんならな、バドミントンぐらいなんぼでもさしてあげるさかい」
児三郎:「おりゃ死なねぇよ。こうやってると公園で初めておめぇの手握ったの思い出すな。おめぇ年取ったな」
千アキ子:「あんたもな」
児三郎:「ああ。なんだか眠くなってきた」 目を閉じた・・・。
※ 翌朝、児三郎は静かに息を引き取った。ドロップ(角さん)の死からわずか半年。
バド部は、また掛け買いのない人物を失ったのである。テツは運命の神を呪った。
児三郎の葬儀が営まれた。
棺を抱えた僕は 「仲直りもちゃんとしてなかったのに・・俺のために、俺のために…」 と泣きじゃくった。
児三郎の死は、テツの身代わりとなったためである。号泣したいのはテツも同じであった。
マユ:「随分大勢の人が、見送りに来て下さってるのね」
光男:「自分を刺した男まで許すなんて、誰にも出来ることでは・・・。本当にあの人は心の大きな人だった・・」
圭子:「私は思い知らされたよ。偉い人は偉人伝の中にばっかり居るもんじゃなくて、
町の中、自分の隣にいるものだってことを。あんまり身近に接してると、人はその偉さに気がつかない」
玄治:「その通りだ、その通りだ。あの時に何とかしてやっとればねぇ。これからワシは誰とケンカをすればいいんだ」
勝:「親爺、マスターが行っちまうぜ。」
サンマーク:「浜っ子クラブは私がきっと立派に育てます。」
マユ:「いい人だったわね」
テツ:「ああ・・・。ほんとにいい人だった・・・。」
〜 新楽は活気に満ちていた。 〜
千アキ子:「はい広東メンおまちどおさま。熱いから気つけて下さいよ。
えーとこちらさんはチャーハンと、おビールですね」
テツ:「こんにちは」
光男:「ただいま」
部員:「こんちは〜」
千アキ子:「はい、らっしゃい。どないしたん?」
テツ:「一日休んだだけで、もうやってるんですか?」
千アキ子:「貧乏暇無しですわ。ハハ。亭主が死んだからいうてね、おまんまは食べていかななりまへんやってんな。
あんたら勉強しに来たんやろ。何してんの?はよ上がりーや。なぁ。はいおまちどおさまでした。
何してまんの先生、はよはよ上がって。お客さま迷惑やもん。もっとはよう歩け、ほれほれ」
テツと部員たちは、勉強に精を出していた。
光男:「圭子、何考えてんだ」
圭子:「お姉さんのことよ。本当に強い人ね。お葬式の時も涙一つ見せなかったし」
光男:「強いっていうより、鈍いんじゃないのかな」
テツ、部員らは"えっ"という表情で光男に目を向けた。
光男:「昔からあの通りのガラッパチでさ、俺姉ちゃんがこれぽっちでも泣くとこ一片も見たことが無いんだよな。
弟の俺がいうのもなんだけど、女としてはちょっとかわい気がないよな」
テツ:「光男、口が過ぎるぞ。お姉さんはただ気が張ってるだけだろう」
光男:「そんなはず無いですって。おいOK、お茶」
OK:「はい」 OKはポットにお湯がないことに気づき、取りに行こうとした。
テツ:「ああ、いいよ。お前勉強してろ」 とポットを受け取り調理場へいった。食堂でテツが見たものは・・・。
千アキ子が泣いていた。一度も泣いたことのない女が泣いていた。
テツ:「千アキ子さん・・・。」
千アキ子:「みっともないとこ見せて、すんません。あの人が死んだ時も、葬式の時も、悲しいのに何で涙出へんのやろ。
思いましてん。昼間何とか気が紛れとるけど、店締めて、一人になったらどうもなりまへん。
あれ見ても、これ見ても、何見ても、あの人が作ったもんばっかりですよってんな。
その岡持のへこみさえ、想い出がありまんねん。あののれんも、毎日洗って取り替える言うて、
あの人うるそうしてな。もういいひんのやな、あの人・・・。人が亡くなっても、空耳で声が聞こえたり、
幻で姿が見えるって、よう言いまっしゃろ。そやけどウチ鈍いでんなぁ。あの人の姿なんか見やしやへん。
夢でもええ、幻でもええ、もういっぺんあの人に会いたいですわ。
先生、今夜泣かしておくんなはれ。思いきり泣かしておくんなはれ」
千アキ子は号泣した。
テツの目は涙が溢れ出さんばかりであった。テツは泣きじゃくる千アキ子の肩にそっと手を触れた。
千アキ子はかれんばかりの声で泣きじゃくった。そしてテツの目からも遂に涙がこぼれ落ちた。
光男と圭子は、いつの間にかこの光景をじっと見つめていた・・・。
そして僕は・・・、せめて児三郎に謝りたかった。僕はなんて器の小さい男なんだろう。
ごめんよ、児三郎。お前はすごい奴だよ。最高にかっこいいよ。くそっ、泪が止まんないよ。ツライよ。悲しいよ。
人は失って初めて大切なものに気付くとはこのことか・・。
「馬鹿野郎!てめぇ、泣くな!そんな時間あったら練習しろ!」
突然どこからか児三郎の声が聞こえた。俺は周りを見回したが、児三郎がいるわけない。
俺は誓った。もう一度バドをやろう。
児三郎みててくれ!絶対に花園行くから。
そして絶対に正夢にしてやるから。
翌日、テツは体育館に集まった練習前の部員たちに言って聞かせた。
テツ:「俺は敢えて言いたい。マスターもまた立派なバドマンだったと。なぜならば、
バドをほんとに楽しむことを教えてくれた人だからだ。どんなに辛い時でも人を励まし、
暴力には、身を持って戦う勇気も示してくれた人だからだ」
僕:「先生、俺、マスターの心をバドに活かします」
久しぶりに部に戻ってきた僕をみんなは文句も言わずに喜んで迎えてくれた。
テツ:「そうだ、みんな。その心を受け継ごうな!」
一同:「はい!」
テツ:「マスターは、お前たち全員が、花園で勝利するのを夢に見たそうだ。だがもう応援には来て貰えない。
だからここを花園だと思って、お前たちがどんなふうにプレイするのか、マスターに見せてあげよう」
一同:「はい!」
光男:「行くぞー!」
一同:「おーーーし!」 各々練習に散っていった。
テツは部員らの練習に目を配り、ふと目線を換えると、バイクに乗ったマスターを見た。手を振って応援している姿だ。
テツ:「千アキ子さん見てますよ。マスターですよ」
部員らもテツの見た方向を一斉に見る。みなマスターに向かって走り出した。
※ それは幻であったろうか。いや、テツたちはハッキリと見た。
今年こそ、全国優勝をと願った児三郎の心が、一瞬、形となって立ち現れた姿を・・・。
悲しみを知らない人は
喜びも知らない
しかし
喜びを実感した事がない人は
悲しみしか実感した事がない
かもしれない
しかし
悲しみを知っている人しか
本当の喜びを知る事はできない
君に たのみたいことがあるんだ
僕の思い出を ずっとずっと
おぼえておいて くれないかい
僕は 君の思い出を ずっとずっと
いつまでも おぼえておくから
---とある詩人のとある詩より---
『 児三郎 享年43歳(29歳) 安らかにお眠り下さい・・・、合掌 』
※ 現在彼は禁煙中らしい。自分の血を受け継いだベイビーがこの世に生をうける時のために。
喫煙者は容赦なく彼に煙草で攻撃することをおすすめする。
だって数々の修羅場を乗り越えなくては、大きなものは手に入らないのだから。検討を祈る。
第12回へ続く・・・
以上、バドミントン日記に戻る